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    中国通史で辿る名言・故事探訪(晋の趙氏族滅の危機)

      「死するは易く、孤を立つるは難きのみ」

                        春秋時代

      死ぬことはた易いが、孤児を守り抜きその身を立てることは至難の業

     だとの意。

      晋の正卿であったが今は亡き趙盾(ちょうとん)の友人である

     程嬰(えい)が、趙盾の孫を政敵の手から守るために食客・公孫杵臼

     (しょきゅう)とその善後策を相談した時に語った言葉である。

      いつしか晋では、二十六代景公(姫拠)の時代になっていた。

        ※ 在位期間:前599年~前581年

      大夫で司寇の屠岸賈は諸将を率いて、今は亡き趙盾の君主弑殺事件

     の事を問題にして、趙盾の子の趙朔やその一族を攻めて、全盛を誇って

     いたその一族を全滅させてしまった。

      この時 趙朔の妻は身重であったが、公孫杵臼や程嬰に援けられ、上手

     く難を逃れて男児を産んだ。この子が後の趙武である。

      ところがその内 屠岸賈の知る所となり、厳しい捜索が開始された。

      公孫杵臼が程嬰に尋ねた、

      「孤児を守り立てることと死ぬのとでは、どちらが難しい事であろう

     か」と。

      程嬰は、

      「むろん死するは易く、孤を立つるは難きのみ」と。

      公孫杵臼は語りかけて、

      「では私は易しい方を受け持つから、貴方は困難な役割を果たして

     もらいたい」と。

      かくして密約のなった二人は山中に隠れ、やがて程嬰は打ち合わせ

     の手順通り、公孫杵臼の居場所を官憲に密告した。

      公孫杵臼は捜索の官憲を欺くために、わざと他人の子を隠していた。

      やがて追及の手が伸び、公孫杵臼はその子と与に殺されてしまったが、

     程嬰は趙武を上手く隠し通すことが出来た。

      そしてそれから十五年後のことになるが、韓氏の後援により趙武は

     復権の日を迎えることが出来る。

      程嬰は趙武が成人したある日のこと、

      「あの世の公孫杵臼に報告をしないといけません。」

      と言って自ら命を断ってしまった。

                         「史記 趙世家」

      

    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(老子)

     「老子綵衣」

                         戦国時代

      親孝行な行いを言う。

      綵衣(さいえ)という様々な色模様の衣服を着て、親を楽しませる

     の意。

      「戯綵娯親」とも言う。

      七十才の老萊子が、或る日のこと更に高齢の両親の面前において、

     子供の着る綵衣を着て、両親の膝元で戯れたり子供の泣き真似を

     したと言う故事。

      老萊子は、春秋時代の楚の人と謂われる。

      この老萊子は、孝子の詩撰である「二十四孝」の一人でもある。

      老萊子は若い時から親に孝行であったが、親の食事には特に気配り

     したと謂われる。

      老萊子は自分の年齢も既に七十才になっていたが、父母はなお存命

     であった。

      そんな親に自分の歳を感じさせないため、親に前では子供の着るよう

     な様々な色模様の衣服を着て戯れて見せたり、食事を奉げて親のいる

     堂に運ぶ時には、わざと足を躓きうつ伏せに倒れては子供の泣き真似

     をしたと言う。

      その行いはまた、親自身にも寄る年波による体の衰えを忘れさせよう

     との老萊子の真心の為せる業であった。

               元代の郭居敬撰  「全相二十四孝詩撰」

        ♪   老萊子

            戯舞嬌癡(=痴)を学ぶ

              戯舞嬌癡:愛らしいあどけない戯れの舞。 

            春風綵衣を動かす

            双親口を開いて笑う

            喜色庭闈(ていい)に満つ 

              庭闈:親のいる部屋で奥座敷。

         ※ この老萊子は老子の師であるとか、老子その人 

           或いは老子の流れをくむ者とも謂われるが、その

           実在性は明らかでない。

         

       

    テーマ : 詩経・漢詩・詩賦等
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(呉・楚の戦い)

    「申包胥立つ」

                     春秋時代

     楚の昭王(30代)は、戦いに敗れて隋の国に逃れた。

     その時 申包胥は、昭王の使いとして秦に行き援軍を請うた。

     申包胥は昭王の言葉として、秦の哀公(14代)に伝えた。

     「呉は貪欲にして厭くことなき野蛮な国です。

     若しも我が楚国が滅ぼされて、貴国が呉と国境を接するように

    なったら、それこそ貴国の大いなる憂患となりましょう。

     呉が未だ楚を平定し終わらぬうちに、貴国から兵を出して分け前を

    お取りになってください。

     若し我が国が滅ぼされた時には、その分は貴国の地となり、またもし

    貴国のお力で幸運が得られるならば、我が楚国は子々孫々まで貴国に

    お仕え致しましょう」と。

     だが秦の哀公は、臣下を通じて、

     お使いの趣きは承りました。しばらくは館でお休みください。

     詮議の上 後ほど返事いたします」と、婉曲に断らせようとした。

     すると申包胥は、

     「我が君は国を離れて流浪しております。満足な休む場所さえない

    ことでしょう。

     臣下の私が、なんぞ休んでなどいられましょうや」と言って、

     朝廷の塀に縋り付き、夜も昼も声を挙げて泣き続けた。

     彼は飲まず食わずで七日間 ずっと泣き通したのである。

     哀公も流石に、彼の国と君を思う忠誠心に胸を打たれて、「無衣」

    の詩を歌った。

      無衣(ぶい)の詩   「詩経 秦風」

       豈に衣無しと曰(い)わんや、子(なんじ)と袍を同じくせん

       (=君に衣が無いわけではないが、君と同じ綿入りの服を着よう。)

       王ここに師を興さば、わが戈矛を修め、子と仇を同じくせん。

       (=いざ王が兵を動員する時 武器を手入れし、君と同じ敵に

         立ち向かおう。)

       豈に衣無しと曰わんや、子と沢(肌着)を同じくせん。

       王ここに師を興さば、我が矛戟を修め、子とともに

      作(た。=立ち上がる)たん。

       豈に衣無しと曰わんや、子と裳(しょう。戦闘服)を同じくせん。

       王ここに師を興さば、我が甲兵を修め、子と偕(とも)に行かん。

      「無衣の詩」を聞いて、申包胥は頓首の礼を九回繰り返し、ようやく

     席に戻った。

      かくして秦軍は、楚の救援に立ち上がった。

                「春秋左氏伝 定公五年」



       
          


     

    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(春秋の妖婦夏姫)

     「春秋の妖婦 夏姫その2」

                        春秋(東周)時代

     「巫臣の策謀」

      陳討伐の後 楚の荘王は夏姫の美しさに惹かれて、彼女を楚に

     連れて帰った。

      そして自分の側室に加えようとしたが、信頼する臣下の反対に遭って

     しまった。

      臣下に機略縦横の才を発揮する申公巫臣という者がいて、彼は楚の

     名門である屈氏の出自であったが、その巫臣は夏姫を見てからという

     すっかりその虜になってしまった。

      そこで荘王の夏姫に対する想いを断つため、君を大いに諌めた。

      曰く、

      「この度 諸侯を招集された目的は、罪を犯した夏徴舒を懲らしめる為

     であったはずです。

      若しここで夏姫を側室に加えるとしたら、女が目的であったと思われは

     しませんか。

      これは自ら淫の罪を犯したことになります。淫は大罪です。

      周書に、『徳を明らかにし、罪を慎む』とあります。

      どうか淫の罪という大罪を犯さないようご再考をお願いします」と。

      荘王は巫臣の諌めを容れて、きっぱり夏姫を断念した。

      ところが次に、令尹の子反が夏姫に熱い眼差しを向けるように

     なった。

      巫臣は子反にも忠告した。

      「何の不祥かこれに如かざる」

      どれ程の不祥と雖も、この人に勝るものは無いの意。

      「これ夏姫は不詳の人なり。これ子蛮(鄭における夏姫の最初の夫)を

     沃し(早死に)、御叔(次の夫で夏氏)を殺し(先立たれる)、陳の霊公

     を弑し(これは我が子の夏徴舒によるもの)、夏南(息子の夏徴舒)を

     戮し(荘王に討伐された)、陳の大夫の孔と儀を出だし(亡命させる)、

     陳国を滅ぼせり。

      何の不祥かこれに如かざる。

      人の生は実に難し。それ死を獲ざることあらんか。

      (=人の命は何よりも大切なもの、誰しも死にたくはないはず。)

      天下に美婦人多し。何ぞ必ずしもこれ(夏姫)のみならん」と。

      かくまで言われては、子反も遂に夏姫を断念せざるを得なかった。

                       「春秋左氏伝 成公二年」



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    中国通史で辿る名言・故事探訪(秦の穆公)

     「秦の穆公の雄略と死」

                        春秋(東周)時代

      秦の穆公三十六年(前625年)、穆公は孟明視等に兵を授けて、

     再び晋を攻略した。

      たちまち晋軍を一蹴して、王官や殽の地を奪取し、ここにおいて殽山

     の敗戦の復讐を遂げることが出来た。

      穆公も茅津から黄河を渡り、殽山の地に遺棄された将兵の遺骸を

     埋葬し、全軍に喪を発して三日間にわたり哭泣の礼を行った。

      後世をして以って余が過ちを記さしむ

      その後、全軍に宣言した。

    「汝ら士卒、謹んで我が誓を聞け。

      古の人、黄髪番番たるに謀れば、過つところなし。

      (=昔の人は事を謀るに際して、老人の順次に従って行ってきたので、

       過つことは無かった。)

       ※ 黄髪とは老人。

          番番は事の順序。

      然るの余はその戒めを破り、蹇叔・百里奚の諌めを聞かず、

     多くの忠良なる将士を死に至らしめた。

      故にこの誓を作り、後世をして以って余が過ちを記さしむ」と。 

      これを聞いて涙せぬ者とておらず、益々穆公に信頼を寄せたという。

      そして翌年、穆公は由余の作戦に基づき、西方の異民族を討伐し、

     戎王の治下にあった十二の国を併呑した。その領土を広げること千里

     に及んだ。

      天子は召公過を派遣して、穆公に金鼓を贈りその功を称えた。

        ※ 金鼓:金属製の楽器。元は鐘(退却時の合図)と

              鼓(進撃時の合図)

      「穆公の死」

      穆公三十九年(前621年)に、穆公は崩じて雍に葬られた。

      時に殉死者は百七十七人に及んだという。

      その中には名臣も多く含まれており、彼らの殉死を悲しみ,秦の人々

     は、「黄鳥の詩」を作って鎮魂歌とした。

      この詩が、「詩経 秦風・黄鳥」である。

      後世の人々は穆公を評して言う、

      覇王に等しい功績を挙げながら、諸侯の盟主になれなかったのは、

     死に際して後事を忘れ、あらた名臣たちを殉死させたことによる、と。

      事実この殉死により、秦の国力は著しく低下し、再び復興して戦国

     時代の雄となるのは、十五世の後の昭王(前306年→251年)の時代

     になってからである。

                      「史記 秦本紀」



     

      

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    Author:tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
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