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    中国通史で辿る名言・故事探訪(一旅一成)

     「一旅一成」

                        南宋

      多くも無いが、少なくも無いという意味の軍団の勢力。

      古代においては、一旅は五百人編成の軍団をいい、

     一成は十里四方の土地を云った。

     》 南海の流浪 《

       南宋の末期の紀元1276年、第6代度宗の嗣子で第7代恭帝

      (趙隰)が早逝したので、抗戦派は度宗の子・趙昰(ぜ)を擁立

      した。これが第8代端宗である。

       ところが新たな態勢も整わぬうちに、彼らは福州を追われて

      泉州に至った。

       その当時 泉州では大食(たーじ。サラセン)人の蒲寿庚が

      招撫使として大きな勢力を持っていた。

       その彼が端宗に拝謁した後、当地に滞在するよう助言した。

       この蒲寿庚は南海貿易に従事して、巨万の財を蓄積し、大小

      無数の船舶を保有していた。

       ところが宋軍では船舶が不足していたので、蒲寿庚の船とその

      積み荷を没収したのである。

       蒲寿庚はその背信行為を怒り、泉州在住の宗室関係者や士人・

      兵卒を殺して、あっさり元軍に投降してしまった。

       抗戦派は再び南海の沿岸を転々とし、遂に南海島に近い地に

      移るが、三年に及ぶ逃亡流浪の日々が続いたので、夏の四月 

      遂に幼帝端宗は病没してしまった。

       陸秀夫曰く、

       「度宗皇帝の一子、尚 在り。将(はた) 焉(いず)くにか之を

      置かん。

       古人、一旅一成を以って中興せしむ者在り。

       今 百官有司 皆 具わり、士卒数万在り。

       天若し未だ宋を絶つを欲せずんば、之 豈に国を為す

      べからざらんや」と。 

      (=度宗皇帝にはまだ御子が御一人おられる。其れなのに、

       このお方を一体どうして置いておかれようか。 

        昔の人で、五百人の軍勢と十里四方の土地を以って、

       国の中興を果たした者がいたという。

        ところが、今 我が軍には官人も軍隊も数万は備わっているでは

       ないか。

        天命がまだ宋の命脈を絶とうとしていないならば、之でどうして

       国を興せないことがあろうか。)

       彼の説得でようやく、衆人は一緒になって 時に七歳の衛王趙昞

      (度宗の第三子)を擁立して皇帝とした。

       南宋最後の皇帝であるが一般には第九代祥興帝という。

       楊太妃が幼帝を補佐し、張世傑が宰相と為り、陸秀夫が之を援け

      た。

       その後 新会県の崖山に移って仮行宮を造営し、兵舎や軍船も

      建造して軍備の強化に務めた。

       この時には、官民合わせて、尚も二十万余が従っていた。

       

        

    テーマ : 中国古典・名言
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    中国通史で辿る名言・故事探訪(君子豹変)

     「君子豹変」

                 春秋時代

      節義も自己主張もなく、他人に迎合するのが巧みで、素早い変わり身

     を言う。

      「大人(たいじん)は虎変し、君子(くんし)は豹変し、

       小人(しょうじん)は面(おもて)を革(あらた)む。」


      大人も君子もそれに小人も、それぞれ本来の面目を一新するの意

     である。

      虎変とは、季節の移り変わりに応じて虎の毛が抜け代わり、美しい

     縞の斑紋を一層鮮やかにして、変化の妙を加える事。

      豹変とは、虎と同様の変化に富むが、虎の変化に及ばずと雖も、

     四季に従って、それなりの妙を加えるものである。

      小人は変化の妙も自在さも無く、ただその顔色を変えるだけである。

                        「易経 革象」

     

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(惟れ天地は万物の父母たり、)

     「維(これ)、天地は万物の父母たり、

      維、人は万物の霊たり」

                   春秋時代

      それ天地は万物を成育する父母であり、

      人は万物の霊長、即ち霊妙な力を持った者の内で一番の者なのである。

      ☞ 維は、口調を整える発語の辞。

                             「書経 泰誓上」

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(方は類を以って聚まり、)

     「方は類を以て聚(あつ)まり、

      物は群を以って分かれ、吉凶を生ず」

                       「春秋時代」

      善人は善人と悪人は悪人と、一緒にそれぞれが仲間を作るように、

     同類の者は自然に寄り集まるものである。

      生き物というのは種を問わず、それぞれが適宜に群れになって

     分かれるものである。

      そしてこのように、吉凶乃ち善悪の区別が生ずるのである。

        ☞ 方も類も仲間の意であるが、ここでは善悪の区別を

         意味する。

          物は天地間にある一切の物を言うが、ここでは生き物の意。

                          「易経 繋辞上」

       「荀子 観学」より。

         「類は友を呼ぶ」

          似通った傾向を持つ者は、自然と寄り集まるもの。

          ここで傾向とは、その性質や趣味などを言う。

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(蓼莪の詩)

     「蓼莪(りくが)の詩」

                 春秋時代  

      古代の周の御代、労役に駆り出された若者が、父母の生前に孝行

     できなかったことを悔やんで、その死を嘆く歌である。

      「詩経 小雅・蓼莪」より。

        「第1節」
         
         蓼蓼(りくりく)たる莪(が)

           柔らかく長く伸びた蓬の若葉よ

           ☞ 蓬が「莪」と言われる頃には、その葉は食用に供された。

         莪に匪(あ)らず伊(こ)れ蒿(こう)

           峩がいつしか変じて、ただの草になってしまった。

         哀哀たる父母

           いたわしきわが父母よ

         我を生んで劬労(くろう)す

           私のような出来の悪い子を産んで、散々苦労の末、死んで

           しまわれた。

       ※ 莪として産み育んでくれたのに、いつしか蒿になってしまった

         自分の親不孝を詫び悔やむ歌である。

        「第2節」

         蓼蓼たる莪、

           やわらかなる蓬の若葉、

         莪に匪ず伊れ蔚(い)

           変じて、唯の草になってしまった。

           ☞ 蔚は、おとこ蓬ともいい、食用には適さない

             だだの草である。

         哀哀たる父母

         我を生んで劬労す  

        「第3節」

         缾(へい)の罄(つ)くるは、維(こ)れ罍(らい)の恥 

           徳利の酒が空になるのは、酒樽の恥だという。

           ☞ 缾は小さな酒器で、罍は大きな酒器。

              それぞれを子と親に喩える。

         鮮民の生くるは、死の久しきに如かず

           一人貧しく生きるより、早く死んでしまった方が益しだ。

           ☞ 鮮民とは、孤独で貧しい人民をいう。

         父無ければ何をか怙(たの)まん、

         母無ければ何をか恃(たの)まん。

           父がいなければ何を頼み、母もいなければ何を頼みとして

          生きていこうか。

         出でては則ち恤(うれ)いを銜(ふく)み、

         入りては則ち至る靡(な)し。

           外へ出れば哀しみがこみ上げてくるし、家に帰れば帰るで

          寄る辺とてないのだ。

        「第4節」

         父や我を生み、母や我を鞠(やしな)う。

           父母は私を生み育てて下さった。

         我を拊(な)で我を蓄(やしな)い、我を長じ我を育て

           私を撫でるように可愛がり、育んでくれ、

           ☞ 鞠とは鞠育の意で、養い育てること。

             蓄とは蓄育の意で、飼い養うこと。

             この句で「蓄」というのは、自分の事を家畜に見立てて、

            卑下しての表現である。

         我を顧みて我を復(まも)り、出入に我を腹(いだ)く

           私を見ては良く守り、いつ何処に行くにも私を抱いて

          下さった。

         之が徳に報いんと欲するも、昊天(こうてん)極まり罔(な)し

           その御恩に報いようと思っても、天は広大で果てしが

          無いように、その高い恩には報いようも無い。

           ☞ 昊天とは、はるかに高く広大な天空。

        「第5節」

         南山 烈烈たり、飄風(ひょうふう) 発発たり

           南山は寒気厳しく、風は激しく吹き募る。

           ☞ 南山は別名 泰山(東嶽)ともいう。

         民 穀(よ)からざるは莫(な)きに、

         我独り何ぞ害(そこな)える

           人は皆親子で幸せそうに暮らしているのに、私だけが

          どうして、それが出来ないのだろうか。

        「第6節」

         南山 律律たり、飄風 沸沸たり

           南山にはヒューヒューと、つむじ風が吹きすさぶ。

         民 穀からざるは莫きに、

         我独り卒(お)えず

           人は親子で幸せそうに暮らしているのに、私だけが親に

          対して、子としての務めを果たすことが出来ない。

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    テーマ : 詩経・漢詩・詩賦等
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    tyouseimaru

    Author:tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
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