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    中国通史で辿る名言・故事探訪(王安石の新法)

     「王安石の生老病死苦の新法」

                        宋代

      宋は建国百年にして、国家財政は逼迫した。

      その原因は、過剰兵力を抱えた事と過剰なる官僚を抱え込んでいたこと

     にあった。

      過剰兵力については、建国当初に四十万であった正規軍が、今や老弱

     な兵を含めて百二十万に達していた。

      過剰官僚については、科挙の制が軌道に乗り、毎年毎年余剰の官僚を

     抱え込むようになっていた。

      このような時に、王安石が神宗に呈した「万言の書」が認められ、

     王安石は朝廷に迎えられて財政改革等の推進に当たる事となった。

      神宗はその担当者として、王安石を知制誥(宰相の指示で詔詞を

     起草する侍従の臣)に任じ、翌年には参政(副宰相)に任じた。

      時の宰相は富弼(ふひつ)である。

      ところが王安石は、新法の速やかなる政策立案・審議及び施行の為に、

     天子直属の機関となる「制置三司条例司」と謂う官の設置を建議して

     認められた。

      当時においては、政策の立案・審議は中書省で行われ、宰相二人、

     副宰相二人の同意を必要とされたのである。

      神宗は責任者として王安石と枢密院長官の陳升之(しょうし)を任命

     した。

      水を得た魚の如く、王安石は次々に新法を導入したが、それは広範囲

     で多岐に及び、徹底したものであり財政改革の域を超えるものがあった。

      即ち、農村では大地主、都会では大商人による収奪を押さえ、彼等

     から吐き出せたものを下層農民や貧窮していた中小商人に還元し、

     またその一部は国庫収入とした。

      このように王安石の改革は、体制内改革を図ろうとするものであり、

     当然の帰結として、既得権益を有する旧保守勢力からの激しい反対に

     遭うこととなる。

      しかし王安石は、不退転の決意で以って改革を推し進め、その十年

     の在任中に国家財政は危機を脱し、やがて黒字となり可なりの余剰金を

     生じさせることが出来た。

      「新法最大の柱」

      王安石の新法の中で最も重要なものは、貧農の救済保護を目的と

     した「青苗法」である。

      青苗法とは、国家が農民に低利で金を融資する制度であり、その背景

     には旧主的大地主や豪族らによる農民収奪という現実があった。

      収穫期が過ぎて、やがて田植えが始まる頃までには、農民は大抵 

     資金が無くなり、田植え用の籾(もみ)さえも売り払ったり食べたり

     して、底をついていると言うのが常であった。

      そのような困窮したの農民の足元を見て、大地主や豪族連中は、

     端境期に高利で金を貸し付け、その利息は六割から十割にまで及んで

     いたと言われる。

      当然のこととして返済できなくなったの農民は、夜逃げして流民と

     なり、社会不安を増大させ、国家の税収入も減少し逼迫することとなる。

      青苗法が下層農民には受け入れられても、旧主的上層部の地主や

     豪族連中に反対されることは理の当然で、当初から紛議をかもした。

      大地主や豪族連中は別にしても、この時代の道義を重んずる保守的

     士大夫階級の者と云える司馬光や蘇軾などの名士は、国家の金貸し業

     を道義的に許されないとして反対した。

      だが王安石は、財政の再建は農民の救済なくして在り得ないとした。

      それにたして司馬光は、

      「それ民の貧富は、勤惰同じからざるに由る。惰なる者は常に乏し」

     と、民の無気力という精神論を理由として反対した。

      社会の変質や変化、現状というものを国家的見地から見極めようとは

     しないで、己の属する出身母体に拘るという保守的封建的な頑なな考え

     方であった。

      《生老病死苦の改革》

      時の人は、王安石の新法改革に携わった政府要人を指して、

     生老病死苦で喩えた。

      不退転の覚悟で取り組む王安石は、「生」。

      宰相の曽公亮は、時の政治問題に対処できず、老齢を理由に引退した

     ので、「老」。

      宰相富弼は安石と意見が合わず、病と称して出仕しなくなったので、

     「病」。

      副宰相の唐介は、改革に反対し厳しく批判したが、逆にやり込められ

     て憤懣遣るかたなく、やがて背中の腫物が悪化して死んでしまったので、

     「死」。

      副宰相の趙卞(べん)は、安石に頭を押さえつけられ、呻吟苦労した

     ので、「苦」。

      

      

       

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(笑いを河清に比す)

     「笑いを河清に比す」

                        宋代

      非常に謹厳であり、めったに笑わないことの喩え。

      笑いを黄河の清むのに比べるの意。

      「百年河清を俟(ま)つ」と言われるように、黄河の水は清むことが

     ない。

      黄河の水は黄砂を大量に含んでおり、「水一斗に泥六升」と云われる

     ほどの泥水である。

      北宋時代に、名裁判官と称えられた包拯(ほうじょう。字は孝粛)と

     言う人がいた。

      彼の評判たるや、

      「朝(朝廷)に立ちて剛毅、貴戚宦官之れがために手を斂(おさ)め、

     聞く者は皆 之を憚る。

      人、包拯の笑いを以って、黄河の清むに比す」と云う具合であった。

      彼の名を一層 高らかしめたのは、彼の担当した裁判の記録調書を

     集めたもの、即ち「包公案」である。

      それは、後に口語体の通俗小説である「平話(元は評話)小説」の

     ネタ本ともなった。

      その包公案から、一つ御裁きものを紹介すると、

      一人の男が布を仕入れて行商に出たが、旅先で酒に酔って不覚にも

     寝入ってしまった。

      そしていつの間にか、商い物の布がすべて無くなっていた。

      彼から被害の届けを受けた包拯は調べを行ったが、犯人はもちろん

     其の盗品の布の行方さえ分からなかった。

      そこで包拯は一計を案じた。

      衙門(がもん。役所のこと)の前に置かれていた石碑を邸内に運び

     入れさせ、包拯は声を大にして、その石碑に向かって尋問を開始した。

      あまつさえ、鞭で石碑を殴打したのである。

      門前にいた庶人連中は、その様子に興味を覚えつつも不審に思って

     いたが、其の内 次から次に役所前に人が集まりだし、誰からともなく、

     いつしか勝手に公邸内に押し入り、包拯の取り調べを見物していた。

      包拯は頃は良しとばかりに下吏に命じて門を閉めさせ、見物に

     集まって来た庶人らを門内に閉じ込めておいて、𠮟りつけた。

      曰く、「不法侵入したぞ」と。

      そして罰として、それぞれから持ち物の一部を差し出させた。

      果たせるかな、その差し出された品物の中に布の盗品が混じっていた

     ので、犯人を特定して検挙することが出来た。

               元代 托克托(トクト)らの編纂「宋史 包拯伝」

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(雲烟過眼)

     「雲烟過眼(うんえんかがん)

                        宋代

      物事に深く心を留めなかったり、物事に拘らず淡泊なことを云う。

      雲や烟(けむり。=煙)が眼前を通り過ぎるの意。

      「われ富貴を疎(うと)んじて而して書に厚く、

      死生を疎んじて而して画を重んず。

      豈に顚倒錯謬(てんとうさくびゅう)して、其の本心を失わんや。

      (=私は財産や地位身分、また死生さえも軽んじて、書や画の類

       を重んじる。

        しかし、この事は何も私の精神が倒錯して、本心を失ったと云う

       ものではない。)

       これより復た好まず、喜ぶべきものを見れば時にまたこれを蓄

      (たくわ)うと雖も、しかも人の為に取り去らる。

       また惜しまざるなり。

       これを烟雲の眼を過ぎ、百鳥の耳に感ずるに譬う。

       豈に欣然として之に接せざらんや。

       去をまた念(おも)わざるなり。」

                         東坡居士 「王君宝絵堂記」

       ※ 東坡居士、蘇東坡ともいい 蘇軾の号。

          北宋の文人政治家で、姓名は蘇軾。


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    中国通史で辿る名言・故事探訪(画工、牧童に笑わる)

     「画工、闘牛の尾を誤りて、牧童に笑わる」

                        宋代

      絵を描くにしても実物をよく見て描かないと、つまらぬ失敗を犯すもの。

      画家が闘牛の図を描いたが、誤ってその尻尾を伸びやかに描いたので、

     絵心の無い牧童に笑われたというもの。

      従って、仮令 無学の者と雖も、その専門の道には詳しいものだから、

     その教えを受けるがよいという意味。

      蜀という地に、杜(と)と言う処士(在野の人)がいた。

      書画を好み、宝として保有する書画は百を越えていた。

      その中でも戴嵩(たいすう)の描くところの「闘牛図」の一軸を最も

     大切にし、玉の軸を付けて錦の袋に入れて常に肌身離さず持っていた。

      ある日のこと、杜は書画を虫干ししたが、一人の牧童がその闘牛図を

     見て、手を打って大笑いして言った。

      「牛は闘えば、力は自ずから角に集まるから、尻尾は力が抜けて両股の

     間に巻き込むものです。

      この絵を見ると、なんと尻尾を振っていますよ。

      これは、明らかに間違っております」と。

      そう言われて杜は、笑って言った。

      「なるほどその通りだな」と。 

                         蘇軾 「戴嵩、牛を画くの書」




      

      

      

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(値千金)

     「春宵(しゅんしょう)一刻 値(あたい)千金」

                      宋代

      春の夜は、そのひと時に千金の値がある。

      宋の蘇軾の詩賦「春夜」が出典。

         蘇軾「春夜」

        春宵一刻 値千金

        花に清香有り 月に蔭(かげ)有り

        (=花は清らかで芳しい香りがするし、月は朧で趣きが深い。)、

        歌管楼台 声寂寂(せきせき)

        (=歌や笛の響きで賑わっていたら高楼も、今や静まっている。)

        鞦韆(しゅうせん)院落 夜(よる)沈沈 

        (=ブランコのある中庭に、闇夜が深深と更けてゆく。)

         ※ 鞦韆は、遊具のブランコ。

            鞦韆は元来北方異民族の子供の遊具であったが、

           春秋時代に中国に伝わり、唐代には寒食節の時 宮中に

           設置して、宮女を遊ばせたと謂われる。

            院落は宮中の中庭。

      

      

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    テーマ : 詩経・漢詩・詩賦等
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    中国通史で辿る名言・故事探訪(頭角を見わす)

     「頭角を見(あら)わす」

                        唐代

      多くの人の中で、一際 学識才能が優れて目立つことの喩え。

      頭の先端が抜き出て現れるの意。

     「子厚(柳宗元の字)、少(わか)くして精敏、通達せざる無し。

      其の父の時に逮(およ)んで、少年と雖も已に自ずから成人。

      (=父の在世中から、少年とは言いながら既にして大人ぶっていた。)

      よく進士の第を取り、嶄然として頭角を見わす。」

      (=科挙の試験では進士科にも及第しており、その才能はひときわ

       目立って突出した存在であった。)

         ☞ 嶄然とは、山が高く聳え立つ様。

           また一際 目立って優れている様。 

                        韓愈 「柳子厚墓誌銘」



      

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(汗牛充棟)

     「汗牛充棟」

                        宋代

      蔵書の非常に多いことの喩え。

      また多くの蔵書を云う。

      唐代の儒家で官僚の柳宗元の著作「陸文通先生 墓標」が出典。

      「其の書たるや、処(お)けば則ち棟宇(とうう)に充ち、

      出(い)だせば則ち牛馬を汗しむ。」


      その書物たるや非常に多くて、室内で積み重なると棟木全面にまで

     届くほどの量となり、牛馬に載せて牽かせると牛馬がその重さで汗をかく

     ほどである。

      この語句の前段に於いて、孔子が「春秋」を著してからというもの、

     以来 其の解釈(伝)を書く者が続出し、またその「伝」に事細やかな

     注釈(解)を施す者は数多であり、彼らの書いたすべての書を集めると、

     斯くの如くなるのだと(汗牛充棟)言っているのである。

      そして暗に、春秋の良き解釈書・注釈書の少ないことを幾分か皮肉って

     言った言葉でもある。


      

            

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(綸言汗の如し)

     「綸言 汗の如し」

                         宋代

      天子の詔(みことのり)は、汗のようなもの。

      天子の言は発せられた時には糸のようにか細いが、それが下々に

     達した時には組糸のように太くなるものであり、それはまるで体から

     吹き出た汗が最早 体内に戻せないのと同様に取消したり、撤回する

     ことは出来ないと言う意味。

      周王朝の幼帝・成王を輔佐した周公旦が、無邪気な幼帝の迂闊な言動に

     対して、諌めた言葉である。

      昔の語り伝えとして、周王朝の幼い成王が弟と遊んでいて、桐の葉を弟に

     与えて、冗談交じりに言った。

      「之でお前を諸侯に取り立てて遣ろう」と。

      この事を後で知ることになった周公旦は、参内して成王にお祝いを申し

     上げたと云う。

      後になって成王は、

      「あれは冗談であった」と言った。

      だが周公旦は、成王を諄々と諭して、「綸言 汗の如し」と言った。

      ようやくその意を解した成王は、自分よりまだ幼い弟を改めて、

     「唐国(後の晋」に封じたと云う。

      ※ 以上の事は伝説ではあるが、それに対して唐代の柳宗元は、

        批判的な見解を述べている。

         成王の冗談なぞは軽く受け流しておき、もっとゆったりと道理に

        適うように指導すればよいことで、束縛したり強く制するのでは、

        正しい方向へ導くことは出来ない。

         冗談にしても、一度 口から出したことは絶対実行しなければ

        ならないと言うような硬直した諌め方は、とても聖人君子と言われ

        る周公旦の言動とは考えられないとして、成王に仕えた史佚

        (しいつ。当時の史官の名)の誤った記録であると論断した。

              古文真宝収録 「桐葉もて弟を封ずるの弁」 

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    Author:tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
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