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    中国通史で辿る名言・故事探訪(人生の大病は、ただこれ一の傲字なり)

      「人生の大病は、ただこれ一の傲字(ごうのじ)なり」

                        明代

      人の一生涯を通じて自戒すべきものは、即ち傲慢という事に尽きる。

      明代の陽明学者で高級官僚の王陽明(守仁)は謂う、

      「人生の大病はただ一つ、これ一の傲字なり。

      子となって傲なれば必ず不孝、臣となって傲なれば必ず不忠、

     父となって傲なれば必ず不慈、友となって傲なれば必ず不信となる。

      象(舜帝の出来の悪い義弟)、丹朱(堯帝の不肖の子)と与に

     不肖なるも、、またただ一の傲字、即ちその一生を結果づけたの

     である。常にこの道理をよく体得すべし。

      人の心はもと天然の理にして、清清明明、繊介の染著なし。

      ただこれ一の無我のみ。

      (=もともと我々の心は自然の理に適うもので、清く明かるく、

       少しの穢れも無いものなのである。

        唯々それが「無我」というものである。)

           ☞ 繊介とは、少しという意。

             傲の字義は、驕る・昂ぶる。

       故に人は、胸中に何物もあってはならない。若しあれば、其れは

      則ち傲である。

       先人たる聖賢が持てる許多(あまた)の好処も、またただ無我で

      ある。

       我なくば謙する、謙は衆美の基(もと)で、

       傲は衆悪の魁(かい)である。


      (=無我なれば自然に謙虚となり、その謙虚は諸々の善の基となる

       が、傲は諸々の悪の親玉となる。)

      

      

    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(造物は涯り有り、而して人情は涯り無し)

     造物は涯(かぎり)り有り

        而して人情は涯り無し。


                       明代

      地上にある天然資源や物質には自ずと数量に限りがあるが、

     それに反して人の欲望や願望には際限というものがない。

      明の呂新吾の「呻吟語」による言葉である。

      明王朝は、異民族の外敵による侵入を防ぎ国家を防衛する

     という積年の悲願ともいうべき目的を以って、有限の資源と人民

     を駆使した過酷な労役で、途方もない巨大な万里の長城を構築

     した。

      ところが完成した長城で以って、普段は外敵を威圧こそすれ、いざ

     鎌倉という非常時には、外敵の侵寇を阻止する難攻不落の鉄壁要塞

     とはなりえなかった。

      長城は人類史上最大の構築物と云われながら、見事な張子の虎で

     しかなかったようである。

      その一方では、「浄土三部経」の一つの「無量寿経」に

      “少欲知足”という教えがあるが、少しの欲で以って十分足りる

     との意である。

          物事の一つ叶えば、

          また二つ 三つ 四つ 五つ

          六つかしの身(世とも)や。


       あれも欲しい これも欲しい … … … と、

      それに自分の求める欲を決して何から何まですべて全て

      満たすことは出来ないのである。





      

      

    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(恥かき井戸)

     「恥かき井戸」

                        隋代

      隋に滅ぼされた陳の後主・陳叔宝の、土壇場における君に

     あるまじき見苦しい振る舞いの故事。

      「辱井」ともいう。

      陳の君主・陳叔宝は常に自国が長江という天然の要塞に守られて

     いるとして、何の心配もすることなく遊興淫楽に現を抜かしていた。

      ※ 君主である陳叔宝は陳最後の国主であるので、

        後世の史家は彼を後主と記す。

      その為やがて政治は宦官などの手に委ねられ、賄賂は横行、

     綱紀は紊乱し、最早 収拾のつかない状況に立ち至っていた。

      丁度そのような状況下に、隋は全国統一を目指して陳に大軍を

     発向した。

      隋軍は二手に分けて長江を渡河したが、韓擒虎(きんこ) 率いる

     一隊は夜陰に乗じて国都・建康の外れにある新林から一挙に朱雀門

     に殺到した。

      その戦況の報告に接して、陳叔宝はもはや如何ともし難く、急遽

     景陽にある井戸の中に身を隠した。

      ところが城内捜索中の一隊の兵が、井戸の中の様子を窺うために

     当に岩石を投下しようとした、その時 井戸の中から援けを求める声

     がした。

      そこで隋兵が縄を下ろして引き揚げてみると、何と国主の陳叔宝と

     二人の愛妾とが引き揚げられてきたのである。

      早速 彼らの身は長安へ送られたが、当時の慣習に反して珍しく

     も陳王朝は滅亡したにもかかわらず、隋王朝から比較的良く厚遇

     されることとなった。

      その為 陳叔宝もその余生を全うしたという。

      後世に至り、陳叔宝らの隠れた井戸は「恥かき井戸」と呼ばれる

     ようになった。

                    「十八史略 隋」 
     
      

    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    Author:tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
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