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    中国通史で辿る名言・故事探訪(呉対楚の戦い)

     「鴆茲の戦い」

                        春秋時代

     紀元前570年、呉と楚の戦いがあった。

     呉の君子は19代寿夢、楚の君子は24代共王である。

     呉が楚の甲冑軍団を鴆茲(ちんし)で撃破する。

      「楚の子重(しちょう) 奔命に罷(つか)る。


      奔命に罷るとは、君命により戦場を駆けずり回り疲れ果てるさま。


     紀元前570年の春、楚の子重は呉を伐ったが、その軍勢はえり抜きの

    精鋭であった。

     先ず鴆茲(ちんし)を抜き衡山に至り、ここで鄧廖(とうりょう)を主将と

    して組甲(くみよろい)の・三百と被練の・三千で押し寄せた。

       ※  組甲:布紐で綿密に綴った頑丈な鎧。

          被練:布で粗雑に綴じた鎧。 

     ところが呉軍は伏兵を仕掛けており、楚軍を迎え撃ち鄧廖を撃殺した。

     楚軍でうまく逃げ帰ったのは、組甲の八十と被練の三百だけであった。

     子重は先に帰っていて、既に勝ち祝いまでしてから三日が過ぎていたが、

    呉軍は猶も攻め込み、駕の地を奪った。

     この駕は楚にとって、とりわけ豊かな邑であり、また討死した鄧廖も

    楚の名士であった。

     当時の君子は、次のように評した。

     「子重がこの戦いで獲たものは、亡くなったものに及ばぬ」と。

     楚の国人は、其の事を種にして子重を非難したので、子重は次第に

    心痛から脳を患い死んでしまった。

                        「春秋左氏伝 襄公三年」

     

     

    テーマ : 戦記
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    tyouseimaru

    Author:tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
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