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    中国通史で辿る名言・故事探訪(一事の謹み)

      「一事を謹まざれば四海の憂いを貽(のこ)し、

      一事を謹まざれば千百世の患いを貽す。」


                        清代

      事細かな事でも疎かにすれば、それがいつかは国家の憂いとなり、

     やがて将来の禍となろう。

      清王朝の第4代皇帝・康熙(こうき)帝の晩年の述懐である。

      康熙帝は謂う、

      「それ故 朕はどんな細事も疎かにはしなかった。

      今 処理すべきことは今すべきであり、明日もまた然り。

      日々 安閑として過ごせば、それだけ大きな附けとなって返って
      
     くるものである」と。

        ☞ 千百世とは、数え切れない未来永劫。

      康熙帝は順治帝(3代)の三男で、名は玄燁(げんよう)。

      八歳で即位するも、順治帝に遺詔により補佐役としてスクサハ、

     オーバイ、エビルン、ソニンらが就けられ合議制が採られた。

      ところが康熙六年(一六六七年)ソニンが死去するや、

     スクサハとオーバイが主導権争いを繰りひろげた。

      この抗争は、スクサハ一族の粛清という形で決着がつき、

     オーバイの専権が確立した。

      ※ オーバイ(姓はグワルギャ)は、太祖ヌルハチの腹心として

       活躍した武将。

      だが康熙八年になると、康熙帝はソニンの遺子・ソンゴトゥと

     謀って、モンゴル相撲にかこつけてオーバイを捕縛し専権の座

     から降ろして、十五歳になった時から親政を始めた。

      康熙帝の在位期間は六十一年に及び、中国の歴代皇帝の中でも

     最長を誇り、また名君中の名君でもある。

      廟号は聖祖。これもまた歴代皇帝で、「聖」の字が付く唯一の人。

      「聖」は、聖天子の孔子と云われるように 「聖人孔子」にのみ

     認められてきた称号でもあった。

      
      

      

        

      

      

    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    Author:tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
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