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    中国通史で辿る名言・故事探訪(論語)

     「君子は欺くべきも罔いるべからず」


                         春秋時代

     君子は道理のあることで欺くことは出来ても、道理に合わないことで

    無理にこじつけて晦ますことは出来ない。

       ※ 「欺」は道理に合う騙し方をいい、「罔」は道理に合わない無理な

         こじつけで晦ますことをいう。

     孔子の弟子の宰我が師に仮託の話として、仁を行った場合の危難

    を尋ねた。

     この宰我、仁者とは普段から仁愛を実践することを心掛けているのだ、

    というという認識があった。

     「仁者は之に告げて、井に人ありと曰うと雖も、其れ之に従わんか」と。

     (=仁者に対して、“ 井戸に人が落ちています ”と告げたとしても、

      何の思慮もせずに果たして落ちた人を助けようとして、自らも井戸の中

      に入ろうとするものでしょうか。)

     子曰く、

     「何為(なんすれ)ぞ其れ然(しか)らん。

      君子は逝(ゆ)かしむべきも、陥(おとしい)るべからず。

      欺(あざむ)くべきも罔(し)うべからず」

      ※ 仁者は仁愛を行う者であり、一身の利害を顧みることはないが、

       その置かれた状況や事態を判断もせずに、無謀なことをする者

       ではない。

      (=どうして、そのような軽はずみなことをしようか。自らも井戸の中

       に入れば、救出できないことは自明の理である。

        従って仁者を井戸の側まで行かせることは出来ても、井戸の中に

       陥れることは出来ない。

        だから道理のある事で欺くことが出来ても、道理に合わない事で

       以って無理にこじつけて晦ますような事は出来ない。)   

    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(列子)

     「生と死は、一往一反なり」

                     春秋時代

     孔門を下ネタにして自説を展開する列子の寓話で、生死などは固定

    した観念ではないという、人生に対する超絶した達観である。

     孔子師弟が衛の国に出かけたが、その際 通りかかった際 百歳に

    なろうかという老人が、季節は春だというのに毛皮の衣服を着ていて、

    既に刈り取られた畑で落ち穂を拾い、畦道に沿って放歌高吟している

    のを目撃した。

     孔子が、

     “ その老人はともに語るべきものなり、試しに言って話し合ってみなさい”

     と言ったところ、弟子の子貢が名乗り出て、畦道で老人を待ち受けた。

     子貢は嘆息して老人に尋ねた、

     「あなたは後悔というものがないのですか。落ち穂を拾いながら、

     そんな歌を歌ったりして」と。

     だが老人が取り合おうとしないので、さらに尋ねると、

     「私に何の後悔があろうというのかね」と返した。

     子貢は、

     「あなたは若い時に人並みの努力をせず、気もなく年老いて面倒を

    見てくれる妻子もないままに、今は死ぬ時期を迎えようとしているのに、

    この時になって、何を楽しみにして落穂拾いをしながら歌ったりしている

    のですか」と。

     老人は、

     「私の楽しみとするところは、誰にもあることだが、人々は反ってこれを

    憂いの種としている。

     私は若い時 人並みの努力もせず、いい年になっても人に負けまいと

    する気も起こさなかったからこそ、今日のように長生きをしているといえる。

     また年老いても後ろ髪を曳かれる妻子がないからこそ、無事に死を

    迎えようとしているのだ。

     だからこそ、このように楽しくしていられるのだ」と。

     子貢は言った、

     「寿は人の情にして、死は人の憎むところ。

     あなたが死を以って楽しみと為す理由は何ぞや」と。

     老人曰く、

     「生と死は一往一反なり。ここで死とされても、他所で生となることも

    あろう。

     だから生と死は同じだというのだ。

     また あくせくと生きようとするのは間違いかもしれないし、今日死ぬ

    ことのほうが明日死ぬより優ることもあろう」と。

     子貢はこの話を聞いて、その真意が掴めなかった。

     そこで師の孔子に告げた。

     孔子は、

     「あの老人は、矢張り私の思った通りの出来た人であったが、一応

    出来てはいるが、まだ十分ではない」と。

                       「列子 天瑞篇」

     

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(論語)

     「今 女(なんじ)は画(かぎ)れり」 


                     春秋時代

     今のお前は力はありながらも、ややもすると初めから己の力を限定して

    かかっており、力が足りない者とは言えない。

     「求や退く、故に之を進む」と、論語・先進篇にある通り、冉求は引っ込み

    思案の性質で、孔子からしばしば、ためらわずに事を行うよう仕向けられた。

     学業を終えて、魯の大夫・季孫氏に仕えてその家宰(執事)となる。

     ところが、季孫氏が自分の領地の租税を厳しく取り立て、私腹を肥やす

    のに冉求が協力した。そのため孔子を怒らせた。

     季孫氏は魯の王室と同族であるとはいえ、五代前に臣籍に下った

    陪臣の身分であった。

     ところが今や、三桓の筆頭として、飛ぶ鳥落とす権勢家であった。

     「季氏 周公より富めり。而して求や之が為に収斂して之に附益す。」

     孔子、冉求の罪を責めて、

     「吾が徒に非ず。小子(しょうし) 鼓を鳴らして之を攻めて可なり」と。

     (=求はもはや吾が弟子ではない。汝弟子たちは太鼓を鳴らして、

      彼の罪を言いふらして攻めるがよかろう)と。

     冉求 曰く、

     「子の道を説(よろこ)ばざるにあらず、力 足らざるなり」と。

     (=先生の教えを尊ばない訳ではありません。愚かなりに教えに

      従おうとは思いますが、如何せん力が足りないのです。)

     子 曰く、

     「力 足らざる者は中道にして廃す。今 女(なんじ)は画(かぎ)れり」

     (=力の不足する者は、道の途中で力尽きて挫折するものだが、

      今のお前は力はありながらも、ややもすると、初めから己の力を

      限定してかかっており、力が足りない者とは言われない。)

      ※ 力は十分あるのだから、積極的に進んで道を求めることが肝要

        だと諭し且つ励ましたのである。

                    「論語 先進篇・雍也篇」


    テーマ : 四書五経
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    中国通史で辿る名言・故事探訪(論語)

     犂牛の子

                        春秋時代

     悪人から生まれた立派な子をいう。

     その出自はどうであれ、賢明であれば必ず世に認められるという、譬え。

     犂牛(りぎゅう)とは、農耕用のまだら牛のことで、黄と黒の混じった毛色

    の牛。

     元来は農耕に使われ、祭祀の犠牲には使われなかった。

     周王朝の正統色は、陰陽五行説では騂(あか。=赤)とされていたので、

    犠牲は赤であることが必須の条件であった。

     
      子、仲弓を謂って曰く、

      犂牛の子、騂(あか)くして且つ角あらば、用いること勿からんと

     欲すると雖も、山川 其れ諸(こ)れを舎(す)てんや。


     (=まだら牛は元来は、祭りの犠牲には使われないのであるが、譬え

      そのまだら牛が産んだ仔であっても、その毛色が赤一色で且つ立派な

      角があるとしたならば、人が祭りには使いたくないと思っていても、

      山川の神は捨て置かないものである。)

      孔子は門弟の仲弓が、自分の親の悪行に絶えず悩み苦しんでいたので、

     優れた子なら、親に関係なく用いられるものである、と言って励ました。


            「論語 雍也篇」



     

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    中国通史で辿る名言・故事探訪(孟子)

     舜 何人ぞや、予(われ) 何人ぞや


                        戦国時代

     舜はどんな人間なのか。私はどんな人間か。

     即ち 聖人と言われた舜も私と同じ人間ではないか。

     舜にできたことが、どうしてこの私にできないことがあろうか。

     孔子の高弟であった顔淵の至高の精神のその淵源発露である。

                        「孟子・縢文公上」

      また「孟子・離婁下」で、

      後世 亜聖と言われた孟子の獅子吼が伝わる。

      曰く、

      「何を以って人に異ならんや。

      堯、舜も人と同じきのみ」
    と。

      聖天子の堯や舜といえども同じ人間だ。

      彼も人であり、吾も人である。

      誰しも修養によっては、立派な人間になれるのだ」と。


     〓 拾遺弥縫 〓

       「顔淵 呉都を眺望して死す」

       伝書(韓詩外伝)に言う。

          ※ 前漢・韓嬰の詩経の解説書。

       孔子が顔淵と魯の太山(東嶽の泰山)に登って、孔子がそこから

      幾千里の彼方にある呉の都を望見して、顔淵にも同じことをさせたが、

      顔淵は精魂を使い果たしてしまい、死んでしまった、という伝説がある。

       孔子が泰山の上で、東南方の呉都の西の郭門外に白馬が繋ぎ止めて

      あるのを望見して、顔淵の袖を引っ張り、

       「お前は呉の昌門が見えるか」と、指差した。

       顔淵が、「見えます」と言うと、

       孔子は、

       「門外に何があるかね」と。

       顔淵は、

       「白い練り絹を掛けたかの形が見えます」と。

       孔子は目をこすって見るのを止めると、そのまま一緒に山を下りた。

       だが山を下りた頃、顔淵の毛髪は白くなり、歯は抜け落ちて、とうとう

      病気になって死んでしまった。

       顔淵は精神力が孔子に及ばず、努力の限りを尽くして精神を出し

      切ってしまったので、早死にをしたのであろう、と言われた。

       世の俗人はこの話を聞くと、さもありなんと思っているようであるが、

      有り体に論ずれば、まったくの虚妄である。

       論語を調べても、六経の解釈を調べてみても、そのような事実はない。

      亜聖と言われる顔淵が、聖人と同じに千里の彼方を遠望できるなら、

     孔子の他の弟子たちは何を遠慮してそのことを言わないのか。

      思うに、人の視力は十里以上は不可能であろう。

         ※ 後漢時代の
          
            一里は、414.7m
     
      それ以上は見えないし、はっきり見えないのは遠すぎるからである。

      まして況や、太山から呉都の白馬の色まで見分けたりすることは不可能

     であり、顔淵はおろか孔子にもできることではない。

      どうしてそれを証明するかと言えば、人の耳目の働きは同等である。

      目が百里の遠方を見ることが出来ないなら、耳もやはり聞くことは

     できない。

      昌門と太山の距離は、帳や簾の内や、百里の遠方どころではない

     のである。




     

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     河野長生   tyouseimaru

    Author: 河野長生 tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の住処とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。

    令和元年5月25日、マイブログがアマゾン kindle版として
    その題名も「心に響く中国歴史名」として出版されました。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」は、上・中・下の3巻あり、 余りにも大部な書となってしまった。 そこで内容を圧縮して「ブログ」として、活路を見出した。 それで、かなり減量したものとなった。 今後はさらに読みやすいブログを目指して、工夫を加えるなどして、 補記訂正してゆきたいと思っています。       
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