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    中国通史で辿る名言・故事探訪(不疑何卜)

     「不疑何卜」


                        春秋(とうしゅう)時代

      漢語読みで、「ふぎかぼく」。

    「疑わずんば何ぞ卜(ぼく)せん」と訓読。

      不安や疑問がなければ、占う必要はない。

      魯・桓公十一年(前701年)、楚の屈瑕(武王の公子)は貮(じ)・

     軫(しん)の二国と会盟しようとしたが、この時 鄖(うん)は蒲騒に陣を

     構えて敵対し、なおかつ随・絞・州・蓼(りょう)の四国と連合して楚軍を

     攻撃しようとした。

      屈瑕は自軍の保有兵力を心配して、援軍の必要性の有無を大夫の

     闘廉に問うた。

      闘廉は、

      「鄖の軍は、自国の郊外に陣を構えているので油断が生じるは必定、

     また毎日 四国連合の応援軍を待ち望んでいるので、戦意は高くは

     ありません」と言って、援軍の必要性は無しという意見であった。

      さらに屈瑕に己の腹中の戦略を説いて云う、

      「君は郊外に陣して、以って四邑(四国連合軍)を防禦なされよ。

      我は鋭師(精鋭軍)を率いて、宵に鄖軍に攻撃をかけましょう。

      もし鄖師を敗らば、四邑必ず離れん」と。

      だが屈瑕はなおも心配して、

      「之(戦の勝敗)を卜せん」と。

      闘廉 対(こた)えて曰く、

      「卜は以って疑いを決す。

      疑わずんば何ぞ卜せん」と。

      (=占いというものは、心に迷いがある時に決するものです。

       必要とあればこそ、占いは出陣に先立って行うものであり、不安や

       疑いがなければこそ、態勢を整えて出陣しているのだから、どうして

       占いを立てる必要がありましょうか。)

      遂に鄖の軍を蒲騒に破り、予定通りに貮・軫と盟をなして帰還した。

                     「春秋左氏伝 桓公十一年」

       
      
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    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    tyouseimaru 河野長生

    Author:tyouseimaru 河野長生
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
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