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    中国通史で辿る名言・故事探訪(魯の季友、上卿となる)

      「慶父を去らずんば、魯の難 未だ已まじ」

                        東周

      魯の閔公元年(前661年)夏六月、先々代(16代)の荘公を葬る。

        ※ 18代の閔公は、「史記」では湣公と記す。

           尚 17代に当たる先代の君は、公子・姫斑と言うが、

          在位期間が紀元前662年の1年弱であった。

      同年秋八月、閔公は斉の桓公と落姑で盟を立てたが、その際に

     先に陳に奔った季友を呼び戻すべく斉侯の助力を請い、後に斉侯

     の口添えもあり陳から季友が帰国してきた。

      そしてその年の冬 斉の大夫・仲孫湫は、魯のお家騒動にまつわる

     内情を視察した。

      帰国した仲孫湫は、斉侯に次のように復命した。

      「慶父を去らずんば、魯の難 未だ已(や)まじ」と。

      即ち慶父を政権の座から外さないと、魯の内政の乱れは収まらない

     ということである。

      斉侯は言う、

      「どうしたら除けるのか」と。

      「騒動が収まらなければ、自ら倒れるでありましょう。

      先ずはお待ちください」と。

      湣公二年夏 湣公の傅(傅役)が大夫・卜齮の田を横取りしたが、

     湣公は何の沙汰もしなかった。

      時に秋八月辛丑(8日)、慶父は卜齮を唆して湣公を宮中の武闈門

     で弑殺させた。

      この閔公は、先代の荘公の元に輿入れした斉の桓公の公女・哀姜

     の妹・叔姜の子であり、桓公もその後ろ盾になっていたが、慶父は哀姜

     と公私ともに通じていたのである。

      ※ 当時の支配階級の習俗として、姉が輿入れするとその妹も

       媵(よう。付き添い)として同行した。

      その事情を知っていた季友(成季とも)は、公子・申(後の19代

     僖公。その母は成風)を守って今度は邾(ちゅう)へ逃れた。

      哀姜は湣公の死後、慶父を君位に昇らせようと考え、慶父もその

     意志を明らかにした。

      ところが国人層は慶父の即位を認めず、反って慶父を攻め殺して

     季友を迎えようという動きを示したので、身の危険を感じた慶父は

     莒(きょ)へ亡命した。

      一方では、哀姜も湣公の死に関与していたので、邾に逃れた。

      だが哀姜の母国の斉では、彼女を許さず捕えて夷で殺し、その亡骸

     を持ち帰った。

      公子・申を伴って帰国した季友は、姫申を即位させた。

      これが19代僖公(史記では釐公と記す)である。

      季友は莒に対して、慶父の身柄の引き渡しを要求した。

      莒は魯から既に賂(まいない)を手にしていたので、慶父を引き

     渡そうと密まで送りつけた。

      慶父は命乞いをするも許されず、ここに至り自ら命を絶った。

      魯の一連の騒動を通じて、季友は巧みに主導権を発揮して政敵

     たる異母兄の叔牙や慶父を除き、僖公を擁立した。

      季友はここに至り上卿に任ぜられ、汶陽と費の邑を下賜されて、

     名実ともに「魯の三桓」の最上位を占めるようになる。

      時代は下がるにつれて三桓の勢力は伸長し、宗室をも凌ぐように

     なるが、中でも末子の季友の季孫氏は揺るぎない最大勢力を保持

     するようになる。

      尚 後のことになるが、僖公は哀姜の亡骸を斉から貰い受けて、

     改めて葬った。

                   「春秋左氏伝 閔公元年~二年」   



      

      



      
     ☷ 拾遺・弥縫

       魯の三桓の系譜

       孟孫氏

          司空(土地人民を所掌)

           慶父→公孫敖(孟穆伯)→仲孫穀→

       叔孫氏

         司馬(軍政を所掌)

          叔牙→公孫茲(叔孫戴伯)→叔孫得臣→

       季孫氏

         宰相職(内政外交全般)

          季友(成季)→季孫行父(季文子)→季孫宿→

          ※ 季孫宿から六代の後の費恵公の代に、魯から独立

            して、「費国」の君侯となる。

     
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    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    tyouseimaru 河野長生

    Author:tyouseimaru 河野長生
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
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