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    中国通史で辿る名言・故事探訪(郤氏の雌伏)

     「郤氏の雌伏」

                        東周

      紀元前636年 晋の重耳は故国に迎え入れられて即位することに

     なったが、一方では重耳が流浪し他国に亡命中 晋に留まり官途

     に就いていた呂甥(史記では呂省)と郤芮(げきぜい)は、重耳の即位

    による報復の処罰を畏れて重耳(文公)暗殺計画を巡らしていた。

      だがその計画は、漏えいして失敗に帰した。

      重耳は事前に其の暗殺計画を知ることとなり、これに対処するため

     重耳は密かに秦に行き、秦の穆公と会見して秦の援助を仰いだ。

      三月晦日、郤芮らは計画通り反乱を起こした。

      主犯格の郤芮は逃亡した重耳を追い、子の郤缺は宮城に火を放ち

     残留兵と戦っていた。

      だが郤缺は、その内 攻守逆転の劣勢を悟り兵を退き、なおも追撃

     を避けるため一時 兵を山野に埋伏させた。

      そして最早 状況の好転は望めないとして、兵を解きそれぞれ分散

     して帰住させ、自らも妻子とわずかな供を従えて、父の封土の冀(き)

     へ逃れた。

      その内 父が呂甥と与に秦軍に謀殺されたことも、重耳が秦軍に

     護衛されて帰国し即位したことも知った。

      さてこれからは郤氏ら反逆した者たちの残党狩りが行われようが、

     大国の晋から逃亡して他国に亡命しても、その先行き危険はあって

     も安全はあり得なかった。

      郤缺は妻子とともに用心を重ねて、逼塞した生活を送った。その間も

     探索から逃れて何度も山野を往復した。

      その内 ようやく重耳 即ち文公の目が国内から国外に向けられる

     ようになってきた。

      それに伴い郤缺らは、野に出て耕作に親しむことが出来るように

     なった。

      郤缺には克(こつ)という男児があった。

      己自身はもはや公の場に出ることは無いが、せめて我が子には

     将来の機会に備え不足なきよう、己が師となり、日々 厳しく武術と

     礼法や学問を教え込んだ。

      また妻に対しても、

      「いついかなる場合も礼容(礼儀正しい動作)を崩すなかれ」

     と勉めさせた。

                       「春秋左氏伝 僖公二十四年」

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    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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     河野長生   tyouseimaru

    Author: 河野長生 tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
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