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    中国通史で辿る名言・故事探訪(春秋五大会戦)

        「城濮の戦い その1」

                        春秋時代(東周)

    1 「開戦序章」

       楚の成王(20代)は宋の攻略を目論んだが、その包囲に先立ち、

      開戦準備の為に先の令尹(楚の宰相職名)子文(闘穀於菟)に

      命じて、睽(けい)の地で軍事演習を行わせたが、一人の兵士も

      処罰することは無かった。

       日を改めて、今度は令尹子玉に(闘得臣)に蔿(い)の地で演習を

      行わせた。

       子玉は終日演習を実施し、三人を鞭打ち七人の耳を貫く処刑者を

      出すという厳しいものであった。

       子玉の指揮ぶりを見て、楚の国老連中は感嘆して彼を令尹に推し

      た子文を祝賀した。

       この時 蔿賈(いか)はまだ若輩であったが、遅れて伺候し而も

      お祝いをしなかった。

       子文は不機嫌そうに、その訳を尋ねた。

       蔿賈は対えて、

       「祝賀する理由がありません。あなたが執政職を子玉に伝えたのは

      我が楚の安泰を願えばこそのことです。

       内政の安泰を願っても、外に戦って敗れたのでは得る所は何もあり

      ません。若し子玉が戦いに敗れでもしたら、彼を推したあなたの責任

      になります。

       国を敗北に導くような推挙をどうして祝うことが出来ましょうか。

       そもそも子玉は剛にして礼なし。以って民を治むべからず。

       況や戦いの指揮をするに、彼の兵車が三百乗を過ぎれば統御でき

      ないでしょう。卑しくも無事に帰還して祝賀するなど及びもつきません。

       祝うとしても、帰還してからでも遅くはありません」と辛辣であった。

       晋の文公四年(紀元前633年)の暮れ、楚は陳侯・蔡侯・鄭伯・

      許男の同盟軍を率いて宋へ攻略をかけ、その国都・商丘を包囲した。

       窮した宋は、公孫固を急派して晋侯に救援を求めて来た。

       この要請に晋の文公は苦慮し決断しかねていた。

       文公は即位する前に諸国放浪中に受けた宋公の恩義を思えば、

      直ちに救援軍を派遣したいが、楚の成王にも同じく恩義を受けた

      ことがあったので干戈を交えたくは無かった。

       だが楚王に宋攻略の中止を申し入れても、聞き入れられない

      ことは明白であった。

       また事は早急だとして宋の商丘へ派兵すれば、楚の友好国である

      曹と衛に側面を衝かれる恐れもあった。

       文公は臣下の進言を待った。多くの意見具申がなされた。

       先軫が進言した。

       「宋の難局を救って宋公(襄公)の恩に報いると同時に、諸国に

      我が国の力を示し、以って天下に覇を称える好機かと存じます」と。

       弧偃(子犯とも)は言う、

       「楚は最近 曹を支配下に置き、衛と縁組を整えたところです。

       今 我が国が曹と衛を攻撃すれば、楚は何を置いてもこの二国の

      救援に向かわざるを得ません。

       かくなれば占めたものです。宋はもちろん、かねてから楚に脅かされ

      ていた斉も危急を逃れることが出来ましょう」と。

       文公はこれらの進言に従って行動を起すべく、直ちに兵の戦時編制

      を行った。

       趙衰(ちょうし)の推挙により、総指揮官は中軍の将として郤縠(穀)、

      その副将は郤臻(げきしん)、上軍の将は狐毛(弧偃の兄)、副将は

      弧偃、下軍の将は欒枝(らんし)、副将は先軫が任ぜられた。

       なお 趙衰自身は卿に任ぜられた。

       文公の兵車には、荀林父が御(御者)を務め、魏武子が車右を

      務めることになった。

       いよいよ晋軍は作戦を開始し、十二月には太行山の東部一帯を

      攻略した。

       そして趙衰を上卿に任じて、原の地に封じた。

                    「史記 晋世家」、

                  「春秋左氏伝 僖公二十七年、二十八年」

       
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    テーマ : 戦記
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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     河野長生   tyouseimaru

    Author: 河野長生 tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
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