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    中国通史で辿る名言・故事探訪(卿大夫の専横)

      「君主弑殺の魁」

                        春秋時代

     斉においては、春秋の初期において覇者となった16代桓公の死後、

    1世紀が経った頃から公子達の間で激しい君位の相続争いが起こり、

    内紛が絶えなかった。

     その当然の結果として国の実権は、次第に君侯を擁立しようとする

    卿大夫に握られるようになっていった。

     そのような状況下 大夫の崔杼(さいちょ)が擁立する公子・呂光が

    即位した。これが25代荘公である。

     大夫・崔杼の臣下で東郭偃という者がいた。

     その者の姉の姜は、棠の大夫・棠公に嫁しており、名は棠姜という。

     ところが棠公が死ぬや、その美貌に目を付けた崔杼は東郭偃の反対

    にも拘らず強引に娶ってしまった。

      ※ 古代中国では、「同姓に嫁せず」という不文律の慣行があった。

        崔杼の先祖は斉の丁公(2代)であり、東郭偃の先祖は斉の桓公

        (16代)で、共に姜姓(呂姓とも)であった。

     そうした或る日 崔杼の妻となった東郭偃の姉・姜と荘公が密通する

    ようになった。荘公の恩知らずともいえる行為であった。

     それ以後 崔杼は荘公弑殺を決意し、その機会を窺っていた。

     その内 隣国の晋に内乱が生じると、荘公は好機到来とばかりに晋に

    攻撃を仕掛けた。

     崔杼は強敵となる晋を恐れて、いよいよ荘公を亡き者にしようと謀るが、

    容易にその機会を掴むことが出来ないので、荘公の近侍の者を抱き込ん

    だりして動静を窺っていた。

     五月になり莒の君主が伺候して来たので、歓迎の酒宴が張られたが

    崔杼は病と称して列席しなかった。

     その翌日 荘公が見舞いにかこつけて崔家を訪れたが、直ちに崔姜

    の部屋に向かった。

     だがこの時、崔姜は夫と共に室外へ逃れていた。

     荘公の供をしてきた近侍の賈挙(かきょ)は、他の従者を全て屋外に

    残し、自分だけ屋敷内に入ると出入り口をすべて閉じてしまった。

     そして突如として、崔杼の手はずどおり、隠しておいた武装兵が荘公

    を取り囲み弑殺した。

     荘公の直属の臣や騒乱を聞きつけて駈け込んで来た幾人かの忠臣は

    壮絶な討死を遂げた。

                      「春秋左氏伝 襄公二十五年」

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    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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     河野長生   tyouseimaru

    Author: 河野長生 tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
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