FC2ブログ
    コンテントヘッダー

    中国通史で辿る名言・故事探訪(戦術の転換期)

     「太原の戦い」

                         春秋時代

     魯の25代昭公の元年(紀元前541年)、晋(29代平公)は異民族の

    「狄(てき)」と「無終」を撃破した。

     晋の卿大夫である中行穆子(荀呉)と魏献子(魏舒)が前線指揮に

    当たった。

     彼らは戦況判断により、春秋時代の常套戦法である戦車戦を歩兵戦に

    戦術転換して、狄と無終を撃破したのである。 

     その戦いに臨んで魏献子は、布令した。

     「彼(狄と無終)は徒戦(歩兵戦)、我は車戦、遭遇する場所はその上

    険阻ときている。

     十人の徒兵を一輛の兵車に付ければ、きっと勝てる。

     敵を険阻の地に追い込めば、さらに勝てよう。

     そこで徒兵の総編成替えを、先ずは吾から始めることにしよう」と。

     かくして兵車を棄てて、徒歩の部隊を主として編成し直し、五輛分

    (十五人)の徒兵を三組の「」と為して、これを編成基準として全軍を

    改編した。

     その一方では中行穆子の寵臣は、徒兵に組み入れられるのを拒んだ

    ので、穆子はこれを斬って全軍に厳しく布告して改編を完了した。

     晋軍に敵対する狄の軍は、之を嘲笑して陣立てを怠っていたが、晋軍は

    五十人の複合編制の一偏を先鋒として、狄軍を期する所の険阻の地に

    誘(おび)き出して、これに肉薄して撃破した。

     この戦い以後、徐々に中原における戦法が、「戦車戦」から「歩兵戦」に

    変化していった。

                       「春秋左氏伝 昭公元年」

     にほんブログ村 哲学・思想ブログ 名言・格言へ
    にほんブログ村
    スポンサーサイト

    テーマ : 戦記
    ジャンル : 学問・文化・芸術

    コンテントヘッダー

    コメントの投稿

    非公開コメント

    プロフィール
    プロフィール

     河野長生   tyouseimaru

    Author: 河野長生 tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の棲家とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。
    歴史小説や時代小説を好み、往年の著名な時代小説の類は概ね完読と、自負している。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」の 上・中・下の3巻を、 近い内に「電子書籍」での出版を予定しています。 今年一年間は、さらに工夫を加えるなどして、補記訂正などの校正を第一義としています。       
    最新記事
    月別アーカイブ
    最新コメント
    最新トラックバック
    カテゴリ
    天気予報

    -天気予報コム- -FC2-
    おきてがみ
    おきてがみ
    twitter
    このブログの訪問者
    BLOG RANKING
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    Powered By FC2ブログ

    今すぐブログを作ろう!

    Powered By FC2ブログ

    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR
    メールフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    <
      /body>