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    中国通史で辿る名言・故事探訪(斉の内紛 収まらず)

     「晏孺子から悼公へ」


                      春秋時代

     前490年、斉では久しく君臨してきた26代景公(呂杵臼)が没した。

     また春秋の名宰相として斉で重きをなした晏嬰は、既に亡くなっており、

    ここに至って陳からの亡命貴族の田氏(亡命前は陳氏という)一族と

     建国以来の名族である高氏、国氏、晏氏、鮑(ほう)氏などの有力貴族

    の政権争いが起った。

     前489年 先ず景公の遺命を奉って景公の妾腹の子の荼(と)を

    高張と国夏が擁立して即位させた。これが27代晏孺子である。

     同年冬十月 公子嘉・公子駒・公子黔(けん)は衛に逃れ、公子陽生・

    公子鉏(しょ)は魯に逃れた。

     田乞(陳乞)は個人的には高氏や国氏に擦り寄り、味方する振りを

    しては、敵対する大夫連中を始末することを仄めかした。

     その一方では朝廷に於いて、大夫の席では国氏・高氏の二人の

    横暴を吹き込みその排斥を蠢動した。

     するとこれに賛同する鮑牧は、陳乞と共に他の大夫らを引き入れて、

    遂に魯・哀公六年(前489年)夏六月戊辰(五日)、武装兵を率いて

    公宮に攻め込んだ。

     かくして陳乞らは、斉の両翼と云われた高張と国夏を追放し、晏孺子

    の年長の兄弟である公子陽生を魯から呼び戻して即位させた。

     これが二十八代悼公(呂陽生)である。

     なお国夏は莒(きょ)に逃れ、高張は魯に逃れた。

     晏孺子とその生母は追放されたが、悼公の意を受けた毛朱が晏孺子

    を駘(たい)に遷し、未だ到達しない内に野外の帳幕の内で殺した。  

               「春秋左氏伝 魯・哀公六年・七年」



     

      

    テーマ : 中国古典・名言
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    河野長生 さんへ!!

    毎日真夏日で暑いですねー。
    「中国通史で辿る名言・故事探訪」を中国通史の心に響く名言集」と要約されて分かりやすく紹介して頂いていていますが、中々長文で理解するには容易ではありません。
    雰囲気だけでも触れて参考になればともいお邪魔しています。河野先生は阿波と言いますが自分の先祖は伊予の国と聞いています。四国が多い姓と聞いています。!

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     河野長生   tyouseimaru

    Author: 河野長生 tyouseimaru
    出身地は四国八十八か所参りの発心の阿波、大阪を終の住処とする。
    歴史好きで、城郭・神社仏閣・歴史遺跡巡りが趣味となる。

    令和元年5月25日、マイブログがアマゾン kindle版として
    その題名も「心に響く中国歴史名」として出版されました。

    自薦
    自著「中国通史で辿る名言・故事探訪」は、上・中・下の3巻あり、 余りにも大部な書となってしまった。 そこで内容を圧縮して「ブログ」として、活路を見出した。 それで、かなり減量したものとなった。 今後はさらに読みやすいブログを目指して、工夫を加えるなどして、 補記訂正してゆきたいと思っています。       
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